2 特別文庫

(1)看雲(かんうん)文庫

 このコレクションは美濃国厚見郡(岐阜市加納)の酒造家・宮田家(屋号:和泉屋)が、江戸中期から明治にかけて代々収集した1,500点あまりの和書・漢籍からなり、宮田嘯台(みやたしょうだい)(1747〜1834)が収集したものが中心となっています。平成10年、宮田家より寄贈を受け、新図書館の特別文庫の一つに加わりました。文庫の名前は嘯台の居宅『看雲栖』によります。

 宮田嘯台は折衷学派の漢詩人で、加納藩儒学者梁田蛻巌(やなだぜいがん)(江戸出身 1672-1757)の弟子・江村北海(えむらほっかい)(京都出身 1707-1782)に漢詩を学び、岐阜詩壇の重鎮として活躍しました。美濃の漢詩人200余名による一大詞華集『三野風雅(みのふうが)』には最多の28種が採録されており、中でも「長良川観魚」は鵜飼の情景を詠んだ詩として有名です。
 江戸中期以降は平和な世相の下で数々の文化が栄え、町人層にも高い教養を身につける人びとが増えました。階級を越えた文学結社が各地に誕生したのもこの時期です。当コレクションが所蔵する論語などの漢文学習書、日本の和歌集、医学書、農業全書は、当時の町人が身に付けた教養の多様さを今日に伝えています。


(2)啓明(けいめい)文庫

 「書物は個人の所有であっても、その本質において公共のものである」という信念のもと、ドイツ文学史研究家・伊東勉氏(京都出身。1908-1992)より、約60年にわたる学究生活で収集した文献1,802点が昭和48年に寄贈されました。その後、平成2年まで数度にわたり寄贈を受け、新図書館の特別文庫コレクションの一つとなりました。

 伊東氏は京都帝国大学大学院ドイツ文学科を卒業後、1945年(昭和21)に岐阜薬学専門学校(現在の岐阜薬科大学)に教授として赴任され、以来、岐阜の住人となられました。名古屋工業大学、中日本自動車短期大学等でドイツ語の教鞭をとられ、昭和62年に退職されています。
 研究者としての伊東氏は、ヨーロッパに古くから伝承されている動物叙事詩「ラインケ狐」、ドイツ詩(ゲーテ、シラー、ハイネ)、ドイツ社会思想史、中国文学等の研究に功績を残され、翻訳書を中心に5点の岩波文庫も著書にお持ちです。
 伊東氏の研究課題は「ドイツ語」から「ドイツ史」、「ドイツ文学」から「文学理論」、「比較文学」へと拡がり 、晩年は老子、寒山詩、石川啄木の短歌のドイツ語訳に情熱を傾けられました。当文庫の資料は伊東氏の研究に即し収集されたもので、中には18・19世紀の稀覯本も多く含まれています。


(3)豊田穣(とよだじょう)文庫

 岐阜県出身の直木賞作家豊田穣(とよだじょう)氏(1920〜1994)は、太平洋戦争の悲劇を見つめ、再び戦争の惨禍を招かないことを願って、多くの戦記文学を残しました。「豊田穣文庫」は、豊田氏の遺志をついだ家族が、故人の蔵書約2,800冊に没後収集した戦記文学関連等資料約1,700冊加え計約4,500冊を当館へ寄贈されものです。平成7年の新館開と同時に公開されました。

 本巣郡穂積町(現在の瑞穂市)出身の豊田氏は、昭和18年(23才)パイロットとして太平洋戦争に従軍し敵に撃墜され、約2年間の捕虜生活を送りました。作家としての氏は、従軍体験作家として兵士の「生と死」を生涯の課として描きつづけました。
 捕虜生活からの帰国後、自らの体験を題材にした戦記小説「帰還」(『東海文学』昭和24.4)は、第1回横光利一賞の次席となり、高い評価を得ました。昭和40年代になると、芥川賞候補作「伊吹山」(昭和42)や直木賞受賞作『長良川』(昭和45)などの重厚な私小説的作品を発表し、作家としての円熟味を増しました。

 当文庫には豊田穣氏の初出誌を含む全著作や、氏が執筆の折り参考にした書き込み跡の残る資料など、文学史の面でも貴重な資料が多く含まれています。戦記文学のコレクションとしては国立国会図書館にもない資料も含まれており日本有数の規模を誇っています。


(4)櫻林(さくらばやし)文庫

 櫻林仁(さくらばやしひとし)(横浜市出身。1916-1995)氏は、1962年に日本人として初めて音楽療法に関する書籍を著し、海外の研究書を翻訳するなど、音楽療法界の先駆者として活躍され、日本初の公立音楽療法研究所が岐阜県に開設される際にその中心となって働かれました。平成8年に遺族より、桜林氏が最後まで情熱を傾けた研究所のある岐阜県にと、氏の蔵書や研究書が寄贈されました。

 音楽療法とは、音楽の持つ生理的、心理的、社会的効果を利用して、心身の障害の快復、健康増進、生活の質の向上をはかるもので、老人性認知症患者が音楽を聞いて生き生きと表情を動かすシーンなどはテレビで報道されて、一般にも知られるようになりました。

 音楽療法の研究には、医学、心理学、芸術などの学術研究と、実践活動が不可欠で、そのため当文庫の和書948冊洋書519冊のほとんどが、それらの関係書で占められています。音楽療法草創期の貴重な資料や海外の文献も含まれています。